2006年 第32回 美術の祭典・東京展 受賞作品



◆東京展賞 宮下泉


◆優秀賞 秋山文生 上田靖子 脇田広子 小泉美佳 寺田忍
石川日向 鈴木国平 前澤ヨシコ いとざくらゆかり 小玉裕子 染谷照代


◆功労賞 濱野彰親

会場風景




トークショー

  

  
  戦後ドイツ美術の新潮流 (私の留学体験とその後)
去る9月23日東京展開催期間中、同展主催によるシンポジュームが「戦後ドイツ美術の新潮流」と題して催された。パネラーは美術評論家:赤津侃氏、画家として:齋藤鐵心(東京展)、司会:織田泰児氏(東京展)。副題に(私の留学体験とその後)とあるように、画家齋藤鐵心氏の16年間に及ぶドイツ留学、現地での作家活動を中心に話は進められた。

齋藤氏は冷戦時代の真っ只中、1974年からベルリンの壁崩壊を目撃し1990年帰国した。又赤津氏は同じ頃東欧諸国の政治、美術を積極的に取材、共産圏の美術のあり様をつぶさに見て取っていた。
戦後の復興期東西両ドイツは経済的にも余り格差はなかったが50年代前半より徐々に格差が開き始め、齋藤氏がベルリンに行った頃は、東ドイツによるベルリン封鎖、壁が築かれた後であった。
齋藤氏が滞在していた西ベルリンは当時の西ドイツの1州。東ドイツのベルリンとは壁1つで隣り合わせ。美術活動に於いても西側の自由さに比べ、東ドイツの国家管理による芸術家の締め付け等にはかなり厳しいものがあったという。
その頃既に、ペンク、バゼリッツ、リヒターなどは東の締め付けを逃れ西側に脱出を試み後に世界的な作家となっている。当時の東ドイツの抽象的傾向の作品を創っている若い作家達は発表の場所すらなく悶々としていた。
これは赤津氏の取材によれば他の社会主義国家、ソ連、チェコ等みな同じであった。芸術とは何者かに管理されたり、国家の指導の下に制作するものではなく、あくまでも精神の自由さの上に立って真実、真理、を求めていくものだ。
80年代に入り西側ではドイツの新表現主義が取りざたされ、ベルリンのサロメ、ギルケ、注目されていた。勿論日本でも大騒ぎになったボイスは70年代からのドイツのいや世界の大スター。彼が日本に来た時の様子なども赤津氏から話が出ていた。
昨年はドイツ年と題して、ドイツに関する色々な展覧会が催されたが、このシンポジュームでは実体験による報告と、元朝日新聞記者であった赤津氏の足を使った取材による話が聴衆の耳引いた。

最後に現在のドイツ美術の潮流はいまだに画廊等取引では新表現派が主流だが、若い作家達もベルリンに集まりつつあり(日本からも続々と出かけている)今後のベルリンを中心にした動きは目を離せないとの事。又東京展がらみでは自己のアイデンティティーを確り持ち、車座的なありようでなく、外向きに東京展を展開していく事が大事との話しも出ていた。)


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